茶道速水流

茶道速水流とは、江戸時代中・後期、速水宗達という茶人によって創始された流派です。宗達の実家は御所の隣に構えた御典医でしたが、宗達は家業の医学ではなく儒学や和学を好み、裏千家の一燈宗室から茶湯を学び、21才で茶人として自立が認められました。その後、流祖宗達は日本の茶湯の起源から侘び茶にいたるまでの経緯を学究的に追究し、室町時代の東山文化の茶湯の点法とその茶道観を再興をしました。流祖が成立した雲上人のための丁寧で優雅な所作は宮廷風といわれ光格天皇から熱く支持をされ、弟君の聖護院宮盈仁親王や公家や大名の師匠となりました。また、関白一条忠良様から「滌源」と名を賜り、速水流家元茶室は「滌源居」となりました。
宗達の茶は、従来の「茶禅一味」に代表される精神修養的な茶道観とは違い、「茶道とは茶を介して人と人とが誠心の交わりを結ぶ礼式」と提唱しており、茶道速水流の理念として現代にいたるまで大切に引き継がれています。


宗達の茶道観

「茶道とは、茶を介して人と人とが心を結び、絆を深める礼式」

流祖 速水宗達
流祖 速水宗達

 茶道速水流の流祖 速水宗達は、茶道をこのように結論づけています。この場合の人とは、互いに人間として尊重できる人の事であり、茶事(茶会)の人々に秩序をもたらし、茶事を円滑に進める役割を果たすのが「礼」(敬意の表現)、と見なしています。

敬和清寂

 宗達は、茶道理念(茶道に対する根本の考え)を「敬和清寂」としました。「敬」を理念の根本に位置させることが茶の湯を成り立たせる本(もと)であるとします。「敬」は他者を敬い、かつ自身の内面が謙虚で慎み深い状態にあること、と規定し、この心境的様態があってこそ他者との親しみ深い交わり(「和」)が行えるとします。宗達がこの二文字に託したものは、心が動いて実践に至ること、茶の湯に即していえば、茶会を志して催し、人と交歓することに対する自然体の心構えです。
 また「清」は、世俗の塵にも濁らない無欲清浄の澄んだ心境をいい、「寂」も安らかな憩いの境地にあるという意です。この二語は、ともに他に煩わされないあるがまま、自然のままの心をいったもので「無為」にほとんど等しいものです(無心に非ず)。再び茶の湯に即していえば、現実生活の営為の合い間、閑あって心澄み安らかな折、自然に心を委ねたまま、自ずと茶を以て人と交歓しようとの心が今にも生じようとしている・・・、といったところでしょう。

宗達の茶道理論、点前、随筆などの著書

喫茶指拳編
喫茶指拳編
茶則
茶則

速水流の特色

 速水流の帛は十二単の襲の色目を基に考案された二色使いの鱗形、「小掛台」や「畳紙」を使う点前、聖護院宮の仰せにより考案された杓無しの点前「脱杓点法」などがあります。また、千家流の「七事式」に、「貴人付き花月」と「雪月花の式」を加えた「肄業式(いぎょうしき)」を考案しました。このうちの「貴人付き花月」も親王の命によって考案されたもので、親王から「花橘の式」と名付けられました。
 このように速水流では、流祖が習ったものと、流祖自身で考案したものがあり、習得するお点前の数が他の流派に比べてとても多いです。

 詳しくは、『千家の茶の展がり』(婦人画報社 平成7/11/20出版)をお読みください。

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